last updated 1997/08/21
第98話(全130話)
自動車泥棒(2/2)
ピートは「ドミノ倒し」という言葉を思い浮かべていた。運命というのはつまる所、ドミノ
倒しなのだろう、と。ひとつの駒がとなりの駒へと倒れかかり、その駒がまた別の駒を倒す。
ひとつひとつの駒は倒れる方向を決定できない。ただ、流れに押されて、隣の駒へと倒れかか
るだけだ。ひとつの出来事が次の出来事を決定し、その出来事がまたつぎの出来事へとつなが
って行く。チェーン・リアクション。それが「運命」というものなのだろう。誰にも駒の倒れ
る方向を変えることはできない。それは駒が並べられ、計画に添って配置された時点でひとつ
として動かせなくなってしまっている。きっと、そういうことなんだ。風に従う、というのは
そういう連鎖反応に逆らわず、流れに押されるままに進めと、そういうことなんだ。だから、
ここでパピロの軽薄さをなじっても意味はない。このお調子者の存在さえ、ひとつの定められ
た駒であることに変わりはないのだから。
「お姫さまって言うのは・・」
ピートは建設的に物を考えようとしながら言った。
「いつだって高い塔のてっぺんに囚われてるもんなんだよな」
「何それ」とパピロ。
「童話では決まってそういう展開になる」
「塔のてっぺんって、ここに塔なんかないよ。外輪船だからマストだってないし」
「いちばん高い建物。その最上階へ行ってみよう」
ピートは言った。マスターが自分のメモリーに蓄えられたデータを分析したとしたら、違っ
た結論を導き出したかもしれない。けれどいまマスターのコンピュータはピートの意識に支配
されていて機能していない。ということはピートが独自のデータ・ライブラリーをひっかき回
して、次の行動を選択しなければならない、ということだ。ピートに蓄えられたデータという
のは、童話、それだけに限られていた。学校で習ったことはこのさい、あまり役に立ちそうも
なかった。
「高い建物を捜すのもひと苦労だな」
ちいさなリスネズミはタメ息をつく。彼にとって人間より大きなものはみな、ただ「デッカ
イ」という同じレベルでしか認識できないようだ。
ロボットの目を持つピートにしても、やはりゴチャゴチャと込み入った建物の間をどう歩け
ば見晴らしのいい所に出られるのかさえ見当もつかなかった。行ったことはないけれど、ニュ
ーヨークの片隅でエンパイヤ・ステートビルを捜そうとしても、やっぱり路地を歩いてるだけ
ではなかなかみつけられないだろう。あれだけ大きなビルなら遥かに見通すことができるかも
しれないけれど、そこへ行き着くためには、どの道を歩けば辿り着けるのかがわからないに違
いない。ましてやこのドンロンの甲板上に作り上げられたメガロポリスはひときわ背の高いビ
ルというのがないようだった。けれど、これだけの街なら、やっぱりシンボルになるような建
物があるはずだ。
フィンフィンなら空から見渡して、一目瞭然、いちばん高い建物をみつけられるだろうし、
そこまでひと息に飛んでくことだってできるだろう。いまフィンフィンと別れ別れになってし
まったことが、ピートにはひどく痛手だった。これもまた「風」の悪戯なのだろうか?
「とにかく進もう。目的を持って進めば、自ずと道は示される」
「誰の言葉?」
「『マリイア童話集』」
「へえ。それ本? すごいね。やっぱロボットってのはどんなガラクタでも本とか読めるんだ
ね」
「いつかきみにも読んで聞かせてあげるよ」
「うれしいな。おいら字なんか読めないけど、お話を聞くのは大好きさ」
ピートとパピロは抜き足差し足でドンロン・シティーを進んで行く。常に大海の風をまとも
に受けている、ここは風の街だった。狭い路地を塩気たっぷりのつむじ風がヒョオッと吹き抜
けて行く。歩く人はだからみんな前かがみになって自分の足元をみつめていて、路地の壁にへ
ばりついてそろりそろりと進むロボットとリスネズミのほうにチラリとすら目を向けようとし
ない。
「あそこに乗り物がある」
パピロが指をさした。
見ると、小型モノレールが路上に放置されている。近づくと、上へと天井が窓と一緒に跳ね
上がる仕組みになっているのがわかった。しかしどうすればそのドアだか天井だかを開ければ
いいのかわからない。ピートはここでもマスターの力に頼ることにした。使い方を間違えれば
機械は悪魔の道具だが、使い方を心得ていれば、機械はいつだって素敵な魔法だ。ドアに手を
あて体内の電気をほんの少しだけ放電させてみた。ビビッとモノレールは一度青白く発光し、
そして天井だかドアだかがおもむろに開いてくれた。嬉しいことにエンジンもかかっている。
「すごいな」
パピロが言った。ピートもそう思った。
ふたりは小型モノレールに乗り込むとドアだか天井だかを閉め、目の前にある青いボタンを
押してみた。それは赤いボタンと一緒に並んでいて、動かすときには青いほうだろうとピート
は思った。いろいろと地球に良く似たテオだから、色が象徴する意味も同じはずだと考えた。
案の定、小型モノレールはゆっくりと動きはじめる。ピートはキョロキョロと辺りを見回した
。胸がドキドキする。脱獄囚となったことには、まったく悪いことをしてる、という気持ちは
ない。不当に囚われたのだから、逃げ出すのはむしろ権利のようなものだ。けれど自動車泥棒
というのはどうだろう? 罪悪感がチクチクとピートの胸を射す。それは心臓を締め付けるよ
うな、ちょっと吐き気を憶えるような気分だった。
「駄目だ」
言ってピートは屋根だかドアだかを開けて車の外に飛び出してしまう。
「何だよ、どうしたの?」
パピロが驚いて声を上げる。
「駄目だよ。ぼくには泥棒なんかできない」
「お姫さま救出に向かうヒーローがコソ泥で捕まる童話なんかない! と思う。だから大丈
夫だよ、マスター。正義のためなら何だって許されるんだよ」
「出来ないよ。どんな正義があるからっていけないことはいけないことなんだ。マリイアの童
話はそれが正義だからって悪役を倒したりはしないよ。誰も傷つけちゃいけないんだ。人のも
のを盗むことだって、悪いことはやっぱり悪いことだよ!」
思わずピートは大きな声をあげてしまう。
「弱虫!」
パピロは呆れるように言って、モノレールに乗ったまま走り去って行く。
「いいよ、おいらだけでマリカを助けるから。弱虫はその辺で隠れてればいいんだ。もしぼく
がマリカからお礼にキスされて、王子さまに変身したとしても、やっかんだりしないでよね!
」 確かにパピロは人間たちが子供に話して聞かせる童話を聞くのが大好きだったようだ。す
っかり自分こそ童話の英雄だと思い込んでいる。まったくしあわせなくらい単純なお調子者だ
った。
ピートは走り去る小型モノレールを見送ると、すぐに物陰へと走り込む。自分がつい大きな
声を出し過ぎてしまったと思った。脱獄囚が路上で大声を上げれば次の展開は決まっている。
ドミノが倒されるのだ。
「そこで何してる」
背後で声がした。
ドミノが倒れた。
(つづく)
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